
アンビエント音楽を中心としたレコードショップ「Kankyō Records」の代表を務め、自身も音楽作家として活動するH.Takahashiさんと、1980年代にジャパニーズ・アンビエントの不朽の名作を生み出したOscillation Circuitとしての活動や、先日、自身の1990年代の作品をリテイクしたアルバム『マジエルのまどろみ』をリリースし、注目を集める磯田健一郎さん。
日々の店舗でのリスニングや音楽制作でADAM Audio D3Vを使用しているお二人に、D3Vの使用感はもちろん、環境音楽やホーム・リスニングという考え方について語っていただきました。
D3Vの可能性
― 今日はD3Vを出発点にしながら、いろいろとお話を伺えればと思っています。まず最初の質問ですが、磯田さんはD3Vをすでにしばらくご使用中とのことですが、このスピーカーの第一印象を教えていただけますか。
磯田健一郎(以下、磯田):はい。全域でバランスよく鳴らしてくれるし、低域もしっかり出るので、この価格帯だとちょっとすごいなという印象です。特にコンピューターで音楽を作り始める方にとっては、音を鳴らすためにオーディオインターフェースを用意しなくてもよいし、本当にコスパは良いと思います。あと、使用環境によって背面のスイッチでスピーカーの鳴らし方を調整できたりもするので、それぞれの聴く環境に合わせて柔軟に音を調節できるというのも良いですね。

― H.Takahshiさんのご感想はどうでしょうか。
H.Takahashi:おっしゃる通り本当に申し分ない気がします。何より小型というのが本当に良いです。住環境に合う小さな音量で出しても音がちゃんと聴けるのは、性能の高さを感じさせてくれるところですね。あと、デザインですね。無理なく角を取っている感じとか、インテリアに合わせやすいですし、すごく今っぽい形になっている気がします。スタンドに立てて高さ調整が容易なのも良いです。

― Kankyo RecordsにはA4Vを導入されていたかと思いますが、それと比べてD3Vはいかがでしょうか。
H.Takahashi:やはり小スペースに置けるというのは素晴らしいです。A4Vはちょっと大きかったので、このカウンターの上(と言って狭いカウンターを指差す)とかに置けなかったんですよ。しょうがないのでカウンターの下のデスクに自分向きに置いて…かけている音楽を自分がいちばん楽しむみたいな感じになっていたんですけど(笑)。このスピーカーだとお客さん向きに置けるので、お客さんが音楽を聴く良い環境が作れました。A4Vは素晴らしい精度のスピーカーなので自宅での制作用に使っています。でも、閉店後に店内でD3Vを使って制作することもあります。

磯田:最近コンピレーション用のトラックを作っている時に、いくつかのスピーカーで最終確認しましたが、D3Vで確認してミックスのOKを出しましたね。
― それはD3V的な音で聴くリスナーが多いであろうということと、このスピーカーの音でクオリティが担保されているからということですか。
磯田:そういうことですね。
このクラスでこれだけの音が出るスピーカーは他にない
― 磯田さんは色々なスタジオを経験され、様々なスピーカーに触れてこられたと思うんですが、その中で感じた「良いスピーカー」の基準はあったりするのでしょうか。
磯田:どんなモニタースピーカーでも癖はあるんです。でも、仕事に使うものというのは、全域が可能な限りフラットであって、色付けをしていないことが重要になります。だから昔はね、YAMAHAのNS-10とか、そういったものをみんな使ってましたね。その利点というのは、YAMAHAの音は色付けがなくて全帯域が素直だということと、もう一つはどこのスタジオにもあるということ。あまりコンディションを選ばず、どこでも近い音を出すことが可能になるわけですね。それで、もちろんそれだけで作業をするわけではなくて、スタジオに入ると、ドーンと壁に大きいスピーカーがあって、NS-10があって、AURATONEというスピーカーがあって、さらにSONYのラジカセがあって、全部で聴いてOKを出さない限りマスター音源へのOKは出さないんですよ。どんなリスニング環境や音量で聴いても、ある程度ちゃんと音楽が聴こえない限り、僕らのようなスタジオ世代の人間にとってはだめなんです。
― H.Takahashiさんは先ほどの磯田さんのお話を聞いてどう思われますか。
H.Takahashi:スタート位置が全然違うなと思いました。僕は携帯電話で音楽を作り始めたので。遊びの延長線上みたいな感じでGarageBandで作り始めたんです。録音もできるから録ってみた、という感じで。最初僕はイヤフォンで作ってたんですよ、ミックス含め。一応イヤフォンは有線のイヤフォンですが(笑)。
― 最初にリリースした作品もそのスタイルで作られたのですか。
H.Takahashi:はい(笑)。最初の2、3作品はそれですよ(一同笑)。一応外音も聴いてはいましたが、外音ではミックスしてなくて確認みたいな感じです。で、その後にADAM AudioのA3XというA4Vの一つ前のモデルのスピーカーで音楽を聴く機会があって、それで原音に忠実で、電子音楽との相性も良かったので、それ以来スピーカーの魅力に気づいたんです。で、A4Vが出てからはずっとそれを使ってる感じですね。D3Vが発売されてからはこのスピーカーと他のスピーカーで音を聴き比べるようにもなりました。低価格ですし、A4Vを持っている人もD3Vを買って全然別の空間で使ったりもできる手頃さはあると思います。これを持って行って外で仕事したり、たとえばレイブパーティーに持って行って、疲れたらこれで音楽を聴きながらゆっくりする…なんていうこともできるかもしれません。

― なるほど。このスピーカーで自由にいろいろな体験が創造できそうですね。
H.Takahashi:あまりモニタースピーカーをあちこち移動させることは、もしかしたらそんなにないかもしれませんが、可能性はいろいろ感じています。磯田さんはどういうふうにお使いですか。
磯田:僕の使い方を説明すると、机の上に15センチのスピーカー台を置いて、その上に置いてるんです。それで、オーディオインターフェイスのRME Babyface ProからMogamiのケーブルを使ってD3Vに接続しているんですが、そういうふうに使うと一段と音の透明度が上がって解像度も格段に高まります。D3Vを制作に使うのであれば、そういう使い方をおすすめしますが、もちろん、そこまででもなければUSB-Cでつなげて気軽に使うこともできます。
―確かに、USB-Cでコンピューターからスピーカーにつなげたらすぐに音を鳴らせるモニタースピーカーは珍しい気がします。
磯田:このクラスでこれだけの音が出るスピーカーは他にないんじゃないですかね。要するに、冒頭でも少し述べましたが、ラップトップとこれがあればすぐ音が出せるというのは気軽ですし、素晴らしいです。
H.Takahashi:使い方の選択肢が広いというのは利点ですね。磯田さんがおっしゃったような「ちゃんとした」使い方もできる一方、導入してすぐ使えるというのは、オーディオの経験がない人にとっても優しいと思います。
環境音楽そしてホーム・リスニング
― 80年代初頭には芦川聡さんが環境音楽を積極的に発信されていましたが、その当時と現在の状況を比べたときに、環境音楽を取り巻く状況はどのようになっているとお考えでしょうか。
磯田:僕が環境音楽的なものを作っていたのは80年代初頭でしたが、環境音楽に関わっていたのはSound Process Design周辺の人たちですね。その時のみんなの前提は、「環境音というのは環境音なのであって、一人で聴くことはあり得ない」ということでした。例えばミサワホームが委託して作った音楽などを考えても、それは空間の中で鳴らされることを前提としていますよね。当時は空間の設計に合わせて音楽を作っていたわけです。他方、音楽作品としてリリースする場合はLPでリリースしていたので、A面、B面の流れというのは常に考えていました。つまり、環境音楽を作っていた時には、時間と空間を考えて作っていたわけです。それがSpotifyみたいなのが登場してくると、もう全然違う状況になりますね。今の時代、音楽作品が聴く人の時間を支配するなんてことはもう不可能ですよね。しかもそれをイヤフォンで聴くとすれば、もはや空間も支配できていないわけです。その状態で環境音楽を聴くということが果たして意味があるのか……。
― 確かに、その状態でいわゆる環境音楽と言われている音楽を聴いても、実はそれは環境音楽ではないかもしれませんね。

磯田:もちろん、僕の最新作『マジエルのまどろみ』のように、一曲一曲がどのように聴かれても良いという作品も作ってきました。でも、どこかでやはり空間の中で自分が作った音が鳴ってほしいというのはまだあります。空間で鳴っているということで思い出しましたが、Apollon(レーベル)からリリースした僕の作品がNHKの紀行番組で、レポーターが訪れた建物のBGMとして鳴らされていたとか、新宿の紀伊國屋2階の雑誌コーナーで立ち読みしていた時に聞こえてきた曲が自分の曲に似ていたので「誰だ、パクったのは」と思って聴いていたら、自分の曲だったという経験もあります(笑)。まあそれはそれで良いかなと思ったり。とにかくD3Vみたいなスピーカーで家とか空間の中で鳴らしてもらえれば、それはすごく嬉しいことです。
― H.Takahashiさんはホーム・リスニングという聴き方を提唱されており、ADAM Audioとのコラボによる冊子にホーム・リスニングの詳しい説明がありますね。音だけというわけではなく、インテリア、匂いや光を調整し、そこから音楽の聴取に向かうという方法論ですよね。すでにホーム・リスニングをテーマとしたイベントを3回実施されたとのことですが、イベントを実施してみてどうでしょうか。
H.Takahashi:ワークショップ形式のイベントをやっているので、参加者の反応が興味深いですね。参加者に音楽を聴いてもらい、メモや絵を書いて共有してもらうんです。すると想定外の感想や意見が出たりして盛り上がる。ワークショップが終わると、一緒に親密な時間を共有した感覚を味わえます。そういう意味では、ホーム・リスニングを通じて、音楽を単純に聴くというよりは、「音楽を共有する」という感覚が強くなってきました。最初の2回は自分たちで聴く音源を用意して、3回目はSUGAI KENさんに参加いただきました。
― SUGAIさんだとかなりディープな話が聞けそうですね。
H.Takahashi:その通りです。SUGAIさんにまずお話しいただいて、SUGAIさんの曲を一曲ずつ聴いていったんです。すると参加者の方からは「今まで音楽を聴いていて体験したことがない感覚を得られた」という感想もいただきました。あと、SUGAIさんの音って結構コミカルな要素も入っていますよね。突然入ってきたホトトギスみたいな音で参加者一同が爆笑したりとか。その場にいた人みんなの気持ちがほぐれてきて、その後の雑談も楽しかったです。次はゲストとして磯田さんをお迎えするので、ここでしか聴けない貴重なお話をいろいろ聞けると思います。
磯田:当時の資料とかもいっぱいあるので、コピーしてお渡ししようかなと。当時六本木にWAVEという巨大なレコード屋があって、WAVEが『マニフェスト』という雑誌を作っていましたが、そこで当時の『マジエルの星』がどういうふうに紹介されていたかも説明できればと思います。
― それは貴重なお話が聴けそうですね。磯田さんはホーム・リスニングをどのように捉えているのですか。
磯田:そもそもホーム・リスニングについて最初に聞いたときには、いまいち意味が分からなかったんです。でも、音楽を共有するという具体的な中身を聞いて、すごくよく分かった気がします。僕は年寄りだから、例えば子どもの頃に従兄弟の家に行くと「お前、これ知らないだろ」「新しいシングルが出たんだよ!」とレコードを渡されるんですよ。それが『キラー・クイーン』だったりね。まあ普通の家なんだけど、スピーカーはもちろんあるから。そうやって情報交換をしながら音楽をスピーカーでかけるわけですね。で、当時「これいいよ」ってかけてくれた音が、いまだに現代に残っていて、未だに売られているわけです。
空間の中で鳴っている音を他者と共有して、「これいいね」って感じて、そのバイブスを別の人に伝えていく感じが当時は成立していた。その後はそれがラジオに移行していくわけです。今だとそういうのもネットじゃないですか。X(Twitter)で誰かが「いいよ」って言ってた音楽を聴くとか、YouTubeで聴くとか……でもそれは音楽を空間の中で共有していることとは違いますよね。だからそういうふうに考えてホーム・リスニングがピンときたんです。今回はイベントに誘っていただいたので、ちゃんとどうやって作っているか、何で『マジエルの星』を再録音したか、当時はどうだったか、っていう話を全部してみようと思います。音楽って理屈をつけて聴くことってあまりないと思うので、逆に今回はそういう話をしてみようと思います。

― ですよね。音楽は背景がなくてもなんとなく聴けてしまいますし…それはプラスマイナス両方の側面があると思います。先ほど話が出ましたが、「空間と時間を共有して、その中で発生する人間関係やそこで現れた他者に対峙する、他者の意見を聞いていく」、そういうところがホーム・リスニングにとって新しいテーマになっていると理解しました。少し飛躍した質問かもしれませんが、磯田さんへの質問です。分断しつつある現代社会にあって、リスニングが果たせる役割はあると思いますか。
磯田:現代におけるリスニングの役割はものすごく大きいと思います。僕はいろいろなジャンルの音楽に関与してきました。それこそ民謡から現代音楽まで手がけてきました。で、何をやっても、音が鳴る場所がどこかって言うと、それは人と人の間なんですよ。それ以外に音が鳴ってたとしたら、それはただの自然現象なので。イヤフォンで音楽を聴く場合って、アーティストが作った音が1人のリスナーに向けて直線的に進んでいくじゃないですか。それは悪いことだとは思わないけども、そればっかりになっちゃうとどうかな、という感覚はやはりあります。スピーカーから溢れ出てくる音の前で空間を共有して、感情的なものや生理的なものを共有することが重要だと思うんです。でも、そういう機会は激減してる気がしますね。さっきも言いましたが、若い頃にレコードを聴き合った話とか、やはり共有してないと経験が伝搬していかないじゃないですか。その中で感じ方も伝搬していくと思うんです。もちろん、それをどう受け取るかは人それぞれ。ただ、良いバイブスみたいなのは共有しているという。当時はそれぞれ感じ方が違っても「まあそれはそれで良いね、そこは突っ込まないよね」という感じがあった気がしますが、SNSを見てると今は少し違う気がします。いちいち誰かが誰かに噛み付いているというか。まずは音楽を一緒に聴いてみて「共存しない?」と素直に思います。政治がどうとか、社会がどうとかっていうのは二番目の問題で、まず生き物としてこの世界を共有しているという最低限のレベルをちょっと忘れかけてないか、というのが、最近すごく強く感じるところです。そして、「共存している」という感覚を最初に感じさせてくれるのが音をリスニングするという行為なんじゃないかなと思っています。
― H.Takahashiさんは磯田さんのご意見に対して何か思うところはありますか。
H.Takahashi:誠におっしゃる通りだなと思いました。音楽を共有することは、忘れてた感覚というか…。自分が大学生のときは友達と音楽を聴いたりもしましたが、一人で音楽を聴いている時間もけっこう長かった気がします。やっぱりいろいろ一緒に聴いていると、音楽がさらにかけがえのないものになる気がするんですよね。なので今は、音楽を共有できる場をいろいろなところに作っていけたら良いのかなって思っています。D3Vとかは、多分その中で重要な役割を果たしてくれる気がします。これで音楽を聴いたら、音楽がさらに楽しくなる…みたいなシンプルな感覚がある。で、いろんなところに音を共有できる場所が存在し始めたら音楽の聴き方が変わるし、作り方も変わると思うんです。もちろん、それで人と人とのコミュニケーションも活性化されていく。
磯田:みんながそうだとは言いませんが、野外フェスとかレイブとかに行くというのは、どこかでそういうものへの飢えや渇きがあるような気がします。そもそもあまり音を共有する場がないっていう。なので、音を共有して空間を共有するHome Listening Room(Kankyo Recordsがプロデュースするホーム・リスニングのためのスペース)のような場所がいろんなところに恒常的にあったほうが良い気がしますし、それは本当に意味のある空間になると思うんです。このスピーカーだって、小さな音で家で鳴らしている分には、集合住宅でも近所迷惑にはならないですし、音楽を共有する際にとても役立つ。なので、ホーム・リスニングみたいな試みが家族単位だけじゃなくて、もっと広がっていくと良いなとは素直に思いますね。
Interviewer:Yama Yuki
Photographer:Hayato Watanabe

■磯田健一郎■
1962年生まれ。84年『オシレーション・サーキット』をリリース。以後音楽プロデューサーとして芸術祭賞作品『黛敏郎作品集』など現代音楽のほか嘉手苅林昌ら沖縄の音楽家のアルバムを制作。アポロン/バンダイからはニューエイジアルバム計八枚をリリース。アコースティック・ユニット「といぼっくす」として細野晴臣をゲストに『アコースティックYMO』を完成させた。映画では『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』で毎日映画コンクール音楽賞を二度受賞。主な著書に『近代・現代フランス音楽入門』、『芭蕉布』『沖縄、シマで音楽映画』など。
■H.Takahashi■
東京を拠点とする作曲家、建築家でありレコード・ストア【Kankyo Records】のオーナー。 アンビエント作家としてUKの【Where To Now?】、USの【Not Not Fun】、ベルギーの【Dauw】や【Aguirre】、日本の【White Paddy Mountain】といったレーベルからアンビエント作品をリリース。 また、“やけのはら” 、“P-RUFF” 、“Yudai Osawa” とのライブユニット “UNKNOWN ME” や “Atoris” としても活動。 2024年からは、Atorisでも共に活動する “Kohei Oyamada” とのユニット ”H TO O” として活動を開始、デビューアルバム『Cycle』がUK【Wisdom Teeth】よりリリースされた。